CHAPTER 4
4

【1979 - 2001】
昭和54 - 平成13

高齢者福祉の新時代到来

第1節 : 行政との協力

第二特別養護老人ホーム完成、デイケアセンターも

老人福祉法の制定以後、「救貧」だけでなく「常時介護や一時介助」が必要な老人のために施設建設を進めるなかで、1979(昭和54)年には第二特別養護老人ホーム「大阪新生苑」(定員50名)の建設に着工する。翌1980年に竣工し、6月5日から業務を開始した。
白色を基調とするしゃれた建物には、庭園を望むガラス張りの機能回復訓練室や、入浴しながら夜空の月や星を眺めることができる浴室を備えており、周囲には木々の緑や色とりどりの花を配置し、内部の庭園には池もあり鯉が泳いでいた。玄関を入ってすぐのデイルームにはピアノがあり、週3回、老人のためのホームバーとして楽しめる空間となった。

大阪新生苑の外観

星空を眺めながら入浴できる浴室

そして、最大の特徴は、身体が不自由で寝たきりの人や介助が必要な老人を昼間に預かる施設として「松原デイケアセンター」を組み入れたことである。すでに医療を通じて地域に密着した存在となっていた岩田記念診療所と同様に、デイケアセンターもまた、地域の一般老人に広く開放されることになった。高齢化時代に備えて「施設の社会化」を強く訴え続けてきた克夫の理念を、現実にするものであった。

二代続けて藍綬褒章受章

藍綬褒章を受章した克夫

1980(昭和55)年、克夫は藍綬褒章を受章する。克夫と徳子、ともに60歳の夫妻は宮中に招待された。先代・民次郎とともに、二代続いての同章の受章であり、先駆者としての先代、発展への弛みない努力としての二代目、それぞれの業績が高く評価された証しであった。

1956年には大阪大学の橘覚勝教授の紹介を受けて日本老年社会科学会に入会し、老人医学や社会学の専門家としても人脈と活躍の場を広げ、自ら論文を執筆し学会に次々と発表していた。

  • 1962年11月「最近の日本における有料老人ホーム 利用者の実態」
  • 1963年11月「要介護老人の実態」
  • 1965年10月「老人の幸福感」
  • 1966年11月「老人ホーム 利用者のADL調査の一考察」
  • 1974年10月「ぽっくり信仰」
  • 1978年10月「逝りゆく人々の周辺 特養における実態より」
  • 1981年10月「小都市における在宅サービスの試み デイケアセンターの実績を中心に」

創立80周年を迎える

1982(昭和57)年12月11日、大阪老人ホームの「創立80周年記念感謝の会」が開催された。
民次郎の後を受け継ぎ、全国に活躍の舞台を広げて62歳を迎えていた克夫は、「感謝の会」で次のように語っている。

「高齢化社会というより、老人問題は国民的課題として考えていかねばならない時代にきている。したがって、私のしている老人ホームも新しい時代に対応できるものにしていく責任を負わされていると思う」

また、創立80周年記念誌『道ひとすじ』では、施設づくりに対する信念として次のような思いを語っている。

「自分が入るにしても満足できる施設をつくる。これが信念であり、支えとなって施設の近代化を押し進めてきた。一応、自分の目標とした施設はできた。自分でもよくやったと思う。しかし、処遇の面ではまだ軌道に乗っていない。これからはそこに重点を置くが、今後の老人福祉を施設の運営ばかりでなく、幅広い視野でどうするか、これからの十年間が正念場だ」

第2節 : 事業拡大、次々と

ニーズの多様化とサービス展開

80周年の節目を通過点として、大阪老人ホームは「正念場の新たな10年の挑戦」へと新たな一歩を踏み出していく。日本で最も重要な課題の一つとなっていた高齢者問題は、政治的にも社会的にも関心が高まるなか、克夫は今後の老人問題を考えるうえで、3つの独自の視点を持っていた。

第一の視点は「社会構造の変化に伴う福祉ニーズの多様化」を認識していたことである。
これから増え続ける老人層は、貧しい人だけでなく豊かな人も混在し、年金制度の充実で中間所得層も増加することを見通していた。一方で、核家族が進むことで、高齢者サービスの種類や供給主体もまた、多様化が求められていくと考えていた。

第二の視点は、福祉と保健・医療、在宅と施設、それぞれの間の境界がなくなり「老人福祉はボーダーレス時代を迎える」との考え方である。
在宅サービスの強化・拡大、保健・福祉・医療の連携、在宅サービスと施設サービスの一体化、民間企業によるシルバーサービスの振興など、誰もが必要に応じて、身近なところで安心して利用できるサービスシステムの構築を時代が求めている、という先読みであった。

そして第三の視点は、民間サービスが振興、発展する一方で、「従来型の公的な施設サービスの必要性も減少しない」というものである。
増え続けていく高齢者人口に対して特別養護老人ホームは圧倒的に絶対量が不足していること、在宅サービスが拡充されてもカバーしきれないこと、などを踏まえて、「より高齢で、より重度で、より痴呆(認知症)が進み、さらに低所得者層である老人」は、公的施設が受け皿となり、その傾向はますます強まっていく、という考えだった。

戦後、大阪の社会福祉を一緒に歩んで来た大阪自彊館理事長吉村靱生氏とともに

入居者と語らう克夫(1980年頃)

第3節 : 100周年に向けて

ナイトケア、ホームヘルプ事業を開始

バブルと呼ばれた空前の好景気が崩壊し緊縮財政下に突入した1992(平成4)年、聖徳会は創立90周年を迎えた。
90周年から、100周年に向けて新たなスタートを切った1993年は、全国老人福祉施設協議会の設立60周年、老人福祉法の施行30周年、老人保健法施行の10周年など、いくつもの節目を迎える年でもあった。また、市町村が老人保健計画を作成して保健福祉サービスを提供する新たなシステムがスタートすることに伴い、実験中だった痴呆性老人を対象とする通所型のデイサービス(E型)を、先行して1992年9月よりモデル事業として本格的に始動していた。
松原市の委託事業では、従来から実施する各事業に加えて、新たにナイトケア事業を開始した。

1993年には在宅生活者支援基盤の充実に向け、痴呆性老人専用のデイセンター「レユーナの家」を委託事業として開設するなど、短期・ナイトケアなど関連事業との有機的な活用を推進していく。
1993年にはもう一つ、松原市の委託事業としてホームヘルプ事業も開始する。
在宅老人機能回復訓練事業や寝たきり老人短期保護事業、デイケアサービス事業など、松原市からの委託契約は、在宅ケアの受け皿としての重要な役割を果たす在宅福祉のネットワークシステムとして全国に先がけるモデルケースとなり、国の在宅福祉推進策を踏まえた視察も相次いだ。

レユーナの家

少人数グループでの対応も

阪神・淡路大震災に伴う支援活動

1995(平成7)年1月17日の早朝、未曽有の阪神・淡路大震災が発生した。淡路島北部沖を震源とする兵庫県南部地震はマグニチュード7.3規模の都市直下型地震で、観測史上初の震度7を記録。大阪・神戸間を中心に兵庫県全域や大阪府下でも被害が発生し、震災による死者は6,400名余を数え、全半壊の家屋が24万棟を超える大災害となった。
生活インフラや交通が大打撃を受けるなか、聖徳会は翌18日早朝には職員が重装備で現地に駆け付け、不自由な環境のなかでも懸命に救援活動を開始する。1月21日に大阪府社会福祉協議会が「兵庫県南部地震救援合同対策本部」を設置し、23日には救援活動の拡充を図るために全国の社会福祉関係者が結集し、厚生省(当時)や全社協などとともに「社会福祉関係者兵庫県南部地震救援合同対策本部」を新設した。それに伴い、聖徳会は同本部と連動し、被災を免れた西宮市社協ボランティアセンターに設置された大阪府社協現地事務所を拠点に、職員派遣と現地支援を展開。「大阪新生苑」のデイケアサービス送迎車も派遣するなど、救援活動に大きな役割を担った。

大阪老人ホームを全面建て替え

1997(平成9)年、新たに4年かけて大阪老人ホームを全面的に建て替えることが決まった。

2000年3月に完成した大阪老人ホーム

新たに誕生した大阪老人ホームは5階建て鉄筋で、定員は特養が104名、ショートステイが16名となった。5階に「ケアハウスまつばら」、1階に「岩田記念診療所」「岩田記念診療所デイケアセンター」、地域交流センター「花水木」を併設して事業を開始した。「ケアハウスまつばら」は先行して1999年12月に開設し、事業を開始していた。
また翌2000年から、「自立支援」と「生活の活性化」をテーマに掲げる大阪新生苑の大規模修繕にも着工し、翌2001年に完成する。2002年には「高齢者総合ケアセンターまつばら」を開設し、在宅介護支援センターも移転した。

21世紀という新時代の到来と介護保険の新制度導入に向けて、松原市では聖徳会が実質的に独占状態だった各種サービスも、競争の時代へ突入していこうとしていた。大阪老人ホームの全面建て替え工事は、その未来への確かなー手であり、道標となる創立100周年の記念事業にも位置付けられていた。

人材育成への取り組み(ホームヘルパー養成研修、認知症介護実践研修)

介護保険制度の導入は、克夫がかねてから力を注いできた職員の「質の向上」に、さらに深く取り組んでいく契機にもなった。
従来の「親切なお世話や対応」から、老人の「人間性の回復」を重視し専門知識も必要になると説き、そのために必要な研修機会も充実させていった。
すでに1985(昭和55)年から厚生省(当時)と大阪府の委託を受け、府下の施設職員を対象とする大阪府痴呆性老人処遇技術研修事業(現・認知症介護実践研修)を実施し、特別養護老人ホームやグループホームなどの職員に向けた実践者研修・実践リーダー研修も開催するなど、大阪全体の認知症介護の質の向上に貢献してきた。さらに、1997年からは大阪府ホームヘルパー実習施設を受諾し、ホームヘルパー養成研修(2級養成講座)を開始する。介護職員はもちろん、看護師や理学療法士、ソーシャルワーカーなど、聖徳会内の多様な職種の職員が講師を務め、自らの仕事の経験を活かし、実際の介護シーンに即した講義・指導を実施。介護福祉士・社会福祉士の養成校などから実習生を受け入れ、受講後に聖徳会に入職する人も現れ始めた。

認知症介護実践研修の様子

ホームヘルパー2級養成講座の様子

新しい制度に向けて人材が育ちゆくなかで、いよいよ2002(平成14)年、創立100周年を迎えようとしていた。

1
【1901 - 1924】明治34 - 大正13 悲願達成と発展への
基礎づくり
2
【1925 - 1944】大正14 - 昭和19 苦節の動乱期
3
【1945 - 1978】昭和20 - 昭和53 飛躍への土台づくり
4
【1979 - 2001】昭和54 - 平成13 高齢者福祉の
新時代到来
5
【2002 - 2006】平成14 - 平成18 100周年からさらなる
一歩を
6
【2007 - 2011】平成19 - 平成23 新たな伝統を創り出す
挑戦
7
【2012 - 2016】平成24 - 平成28 「21世紀型の社会福祉法人」として
8
【2017 - 2021】平成29 - 令和3 多様化・複雑化する福祉サービスにシナジーを発揮
未来
【2022 - ∞】令和4 - ∞ 120周年を節目に、
次なるステージへ
1

【1901 - 1924】
明治34 - 大正13

悲願達成と発展への基礎づくり

2

【1925 - 1944】
大正14 - 昭和19

苦節の動乱期

3

【1945 - 1978】
昭和20 - 昭和53

飛躍への土台づくり

4

【1979 - 2001】
昭和54 - 平成13

高齢者福祉の新時代到来

5

【2002 - 2006】
平成14 - 平成18

100周年からさらなる一歩を

6

【2007 - 2011】
平成19 - 平成23

新たな伝統を創り出す挑戦

7

【2012 - 2016】
平成24 - 平成28

「21世紀型の社会福祉法人」として

8

【2017 - 2021】
平成29 - 令和3

多様化・複雑化する福祉サービスに
シナジーを発揮

未来

【2022 - ∞】
令和4 - ∞

120周年を節目に、次なるステージへ

LEARNING FROM HISTORY, PONDERING TODAY, ENVISIONING TOMORROW.